東洋文庫版「アラビアン・ナイト」には、空飛ぶ絨毯の出所ともいえる「アフマッド王子と妖精パリ・バヌー」の物語は収録されていません。ただし、「千一夜」の物語はいろいろなアンソロジーに単独で入っていることも多く、「アフマッド王子」の話は、、童話作家のアンドルー・ラングが編集した「The Blue Fairy Book」*に収録されています。マルドリュス版では「ヌレンナハール姫と美しい魔女の物語」として807夜に登場します。ラングの英語では、「絨毯」ではなく「タペストリー」となっています。「アフマッド王子」の物語は、次のような言葉で始まります。「あるところに三人の息子と一人の姪を持つ国王がいました。長男はホサイン、次男はアリー、三男はアフマッド、姪はヌーロニハールという名前でした」。三人の王子はともにヌーロニハールを愛するようになります。父王は、世界で最も珍しいものを持ち帰った者をヌーロニハールと結婚させることにしました。三王子は、世界で一番珍しいものを探しに旅立ち、ホサイン王子は「空飛ぶタペストリー」、アリー王子は「見たいものが見える望遠鏡」、アフマッド王子は「命のリンゴ」を持ち帰るのです。さて、三王子が落ち合ったところでアリー王子の望遠鏡をのぞくと、ヌーロニハールが死にかけています。三王子はホサイン王子のタペストリーに乗って宮殿に舞い戻り、アフマッド王子のリンゴをヌーロニハールの口元におきます。ヌーロニハールは息を吹き返しますが、父王は三つのうち、どれが欠けても姫の命を救うことができなかったのだから、という理由で、今度は弓矢による試合を命じます。一番遠くまで矢を射た者が姫の夫となるのです。一番遠くまで矢を射たのはアフマッド王子でしたが、肝心の矢が見つかりません。そこで父王は、二番目に遠くまで矢を射たアリー王子を姫の夫に定めます。失意のアフマッド王子は矢を探しに旅立ち、妖精のパリバヌーに出会うことになります。この後、アフマッド王子は妖精パリ・バヌーと結婚して父王の元に戻りますが、大臣にそそのかされた父王は、アフマッド王子の真意を疑うようになり、難題を与えて王子を亡き者にしようと諮ります。結局、王子はパリバヌーの力によって敵を倒し、めでたく王位につきます。この後半部分には、魔法のタペストリーはまったく登場しません。
*東京創元社から刊行された「ラング世界童話全集」の第13巻「アラビアン・ナイト」に収録されています。なお、昭和5年に出た大宅壮一訳のアラビアンナイトには、バートン版からの訳が入っています。ともに絶版。